真夏前線、異状なし
 


     


ひょんなお節介もどき
ゴロツキに絡まれていたのを敦が助けた老女が営む駄菓子屋は、
良からぬ連中からの強引な地上げ行為にあっている地域の一角にあり。
シャッター通りになってるのもそんなせいだという
そんなこんなという話を聞いていたところ、
おばあさんが不意に立っていったのが表通りへ面した戸口前。
何だ何だと、思い詰めてる様子の
細い肩の向こうを見やった若いの二人が揃ってぎょっとしたのは。
そいつこそが自身へ降りかかっている災厄の張本人と言わんばかりの構え
彼女が勢い込んで迎え撃つ態勢となっている相手というのが、
この暑い中でもいつもの黒づくめ、
漆黒のジャケットスーツに濃色の丸高帽という、
ポートマフィアの人間である証のような
ある意味、お堅いいでたちの中原中也だったからであり。
しかもしかも、たまたま通りすがっただけじゃあないらしく、

 「ごめんよ。」

真っ直ぐやって来たそのまま
そんなお声掛けをしつつ、間違いなくもこの店へと踏み込みかかるので、

 “え?まさかまさか…。”

先程この店の女主人である老女が口にした一言が思い起こされる。

 『あいつら、強情張るとしまいにゃあポートマヒアの人が来ると言ってたが、』

ポートマヒア、もとえ、ポートマフィアといやぁ、
知ってる人は知っている、
犯罪組織として超有名な、所謂“広域暴力団”の代名詞。
お商売をしている人なら尚更に、
場所や業種によっちゃあ“みかじめ料”を上納せよとなるので関わりもあってのこと、
脅し文句にこれがあれば、それなり怯えてしまおう常套名詞でもあって。

 “こちらの刀自がいきり立っているのも…。”

刀自というのは年配のご婦人への古い敬称で。
敦くんという若いお友達が出来たことからか、少しずつ口語が文語から離れつつある中ながら、
そんな言い回しもご存知だった芥川くんらしい…というのはさておき。
相手がどこの身内かを重々判っていつつ、
それでも威勢を萎えさせるどころかますます意気軒高という姿勢にて、
女だてらにふんぞり返って立ち向かうおばあさんだったのへ。
向こうもさすがに気づいたか、
そちらもこの暑い中で手套をはいたままな手で、自身の頭頂から帽子を取り去ると、
それを胸元へ伏せて、仁王立ち状態のご婦人への礼儀正しい挨拶とし、

 「ちょっと聞きたいことがあるんだが。」

キリリと冴えて切れ上がった目許も端正なお顔、
特に媚びるような気色も載せず、凛と涼し気に引き締めたまま、
活舌のいい伸びやかなお声で、小柄な自分よりさらに小さい刀自殿へと問いかける。
特に威嚇の気配はなく、むしろ淡々とした態度は蒸し暑ささえ拭うほどに清涼で。
今現在のこの場というという時と場合と、そのいでたちの極端ささえなけりゃあ、
どんな気難しいご婦人でも相好を崩しかねない
精緻な二枚目ぶりであり、慇懃丁寧な物腰だったれど、

「やくざもんに話すことなんか持ち合わせがないね。
 アタシゃあんたなんかちいとも怖くないんだ、帰っとくれ。」

相手のいでたちもいでたちなその上、
ついさっきあのような目に遭ったばかりと来て、
こちらのおかみの機嫌は一方的に直角レベルで傾いでおり。
当然、事情は知らない中也が“おや”と意外そうに眼を見張る。
まま、万人から好かれる職種や肩書じゃあないのはようようご存知なようではあるが、

 “…あれ?”

敦がちょっぴり引っ掛かったのは、
中也の視線がそんなつっけんどんな対応にあっても和んだままだったことと、
それどころか“しょうがねぇなあ”と言いたげな苦笑に滲んだ柔らかなものへ塗り替わったから。
細い眉に切れ長な双眸、表情豊かな口許…と
妖冶なまでに整ったそのご面相が鋭利なところと相まって、
気性もまた神経質で短気なように誤解されがちだが、
そこはさすがは大幹部で、
弱者相手に瑣末なことでいちいちぶっちんと切れるような男じゃあない。
むしろ気の長い、我慢強い人で、
即妙な言い回しというのが苦手な不器用な敦を相手に、
言いたいことというのを紡ぎだすまで、辛抱強く待っててくれる優しい人であり。
とはいえ、見ず知らずの相手へまでそんな許容をいちいち広げるものだろか。
威勢がいいねぇとポーズだけたじろぐならともかく、
相変わらずだねぇとでも言いたげな、そんな柔らかな感情が見て取れて。
そもそも口出しする気はなかったけれど、
やり取りだけはちゃんと聞いとこうと気持ちを改めておれば、

「俺はただ、そこの炭屋さんに用があるだけなんだがな。」

自分の肩越し、道を挟んだ向かいに位置する、
そこもやはりシャッターを下ろした店舗を指差す彼で。
すると、

「白々しいねぇ、あんたらが立ち退かせたようなもんじゃないか。
 もっとも、そこの主人さんはまだ売るとは言ってないらしいけど。」

毎日のように嫌がらせに来られたんじゃあ気が気じゃあないって、
先月のうちにも親戚のところへ避難しちまったよと。
けんもほろろとはこのことか、噛みつくような口調で告げ、

「毎日のようにゴロツキを寄越してさ。
 逆らうようならもっと怖いのが出てくるよって…。」

その“怖いの”として出て来たあんただって、アタシは一向に怖くなんかないんだと、
さほどにごつい相手でもないというに
いかにも虚勢っぽく胸を張ったおばあさんだったのが、背後から見ていて痛々しかった。
だって怖くないはずがない。
ともすりゃ意地で最後の一人になっても頑張っているのだろが、
あんな大きな犬をけしかけられたり、暴言を吐かれたり脅されたり。
しかもお家の人の気配はないから、少なくとも奴らが来る時間帯は一人でいるようなのに。
どれほどおっかなかったことかはようよう判る。

 “……。”

それと同時に猛烈にもどかしいのがたまらなく辛い。
だって自分たちは、彼女が向かい合ってるその人が
気立てのいい、侠気も厚い、そりゃあいい人なんだというのをようよう知っている。
そりゃあまあ、敵対組織や裏切り行為を成した連中を相手に
容赦なく追い詰めてナイフの錆にもするし、蹴り殺しもする冷酷でおっかない人だが、
咎のない相手へはそりゃあもうもう懐ろ深く穏健で柔和であり。

 “…柔和というのは言いすぎかなぁ?”

ほれ食え、何だ俺の進める飯は食えねぇかなんて、時々暴走することもあるので、
寛容ではあるが柔和かどうかはちょっとその…と、
自身の胸の内にて感慨への自己修正なんてのを虎の子くんが繰り出しておれば、

「それだ。おばさん、そのゴロツキ連中の連絡先とか判らねぇかな。」

それこそが目的だったよで、
意を得たりとばかり、ぱあぁあと明るい顔になり、
なあなあとともすりゃ嬉しそうに身を乗り出してくる彼なのへ、

 「ななななな、なんだよあんたわっ。」

何とも要領が掴めぬと、
恐喝や恫喝への覚悟とは別口な脅威から翻弄されておいでの女将だったようで。
ただ、

 「…っ。」

ふと、こちらは仰け反るようになってたそのお顔、はてとちょっぴり表情を止めて、
目の前の瑞々しい若いののお顔を眺めやってて幾刻か。

 「おばさん?」

どした?具合でも悪くなったか?と、
窺うような顔をしかかった中也へ、ふっと抵抗を辞めてしまうと、
そのままくるりと踵を返し、
先程腰かけていた小上がりへ身を延べて、
屑籠を引き寄せると中からくしゃくしゃにしたチラシみたいな紙を取り出す。
土地譲渡における何とかかんとかというタイトルが印刷された、
書式だけは御大層な代物で。
恐らくはあの連中が強引に置いてったものらしく、
下の方には四角い名前の事務所名と連絡先が記されてあり。
んんと突き出されたそれを、
ああと気がつき、店の中へ入ってきた中也がそのまま受け取る。
途中に立つ敦や芥川へは
視野の中に入っていように少しも視線を向けない彼で、
それもまたいっそ見事な対処といえて。
それはともかく、
問題の相手への手づるを文字通り手にした幹部様、
連絡先を特に何度も視線でなぞると、その肉の薄い口許をにやりと弧にたわめ、

 「もう大丈夫だからな。
  ややこしい地上げ屋のゴロツキは、
  それこそ俺らの名に懸けてここいらへ出入り出来ねぇように取り計らうから、
  安心して商売続けな。」

駄菓子屋の女将さんへそうと言い、
くるりと背を向け、あっさり帰っていったのだった。



     ◇◇


そろそろ干時分でもあることから、それじゃあボクらもお暇しますねと、

 「また遊びに来ますから。」

お愛想じゃあなくの本心からの言を告げ、にこやかに手を振って ではと辞去し、
そのままのんびりとした歩調を装いつつ、虎の異能で嗅ぎ取った方へと向かえば、
先程アイスクリームを味わった小さな緑地公園の水飲み場に目当てのお人が立っている。
設計時の計算か、アカシアの木陰になったそこは
小さな葉っぱの織りなすモザイクのような葉陰がゆらゆらと涼し気に揺れており。
彼の側からもこちらが追って来るのを待っていたようで、
脱いだジャケットを小脇に挟んで立っていた中也からの
“よお”という片手を上げつつの愛想が、何とも涼しげに見えて。

 「お前らもあのおばさんとこに居ようとはな。」

彼らが此処に居たのはさっきこそりと覗いたので知っていたものの、
選りにも選って自分の用があった先にピンポイントで居合わせたのは驚きだったらしく。
前者はさすがに言えないが、それで十分だろうと奇遇だなぁと苦笑を見せれば、

「問題のゴロツキたちが
 あのおばあさんへ大きな犬をけしかけてたのへ首を突っ込みました。」
「ぬあにぃ〜〜

無茶をしてという愛し子への叱責というより、
それで怪我でもしていたら相手を許さぬという息巻きようは、
いかにも直情型の彼らしい反応だったが。
褒めて褒めてと思っているような小犬のような笑顔全開、ニコニコ笑う敦と、
一応は“僕がついていながらすみません”という気色を窺わせる目線の芥川とを見やり、
まま済んだことへ今更かもなと、
そこへの見解はそれ以上はなしということで小さな吐息一つで流してから、

 「俺が此処へ来たのも、
  さっき話したようにそいつらの構えてる
  “地上げ”っぽいいやがらせの件でなんだがな。」

ここいらってのは、
ほんの昨年にちょっと先のところへショッピングモールが出来たばかりで、
何年かのうちという直近での
新駅だの病院だのといったのが建つらしいよな整備計画が立ってるわけじゃあない。
それでなくとも文教地区なので、やたら滅多な何かを許可や審査なく建てるのは難しいと。
下調べをしてきたらしいあれこれを判りやすく話してくれた中也であり。

「はっきり言って地価がべらぼうに上がるような条件なんてないってのに、
 なのにそんなごり押しで、通り沿いの店だけじゃあない、
 中通りに向いた一般住宅まで土地を買い占めてる意味が判らねぇ。」

しかもそんな愚挙を押し通すのに、
選りにも選ってポートマフィアの名まで担ぎ出してる愚かさで。

 “子供の喧嘩や何かしらのネタレベルでなら、
  それこそいちいち目くじら立てるなんて大人げないと放っておくところだが。”

このような荒事もどきへ、しかもとどめのお札のように引っ張り出されてはさすがに業腹。
確かに鼻つまみ者だ、今更いい子ぶるつもりはないけれど、
まったくもって縁もゆかりもない相手にいいように利用されて黙っているというのは
のちの前例や禍根にもなりかねないので。
どのくらい性分の悪い連中かを調べてからお灸を据えてやんなさいと、

 「……わざわざ首領から先達へ下された案件なのですか?」

その胸中にて回想していたところを、そりゃあ的確に問うたのが、
相変わらずあまり表情が動かぬままの芥川。
先達というのは、先輩、上司という意味で中原を差しており、
傍らでキョトンとしている人虎が籍を置く探偵社への依頼ならともかく、
これっぽちのことを五大幹部に請け負わせるとは腑に落ちぬと言いたいらしい。
実は胡乱な裏がある事態だと読んでのことか、
そこで、地の利もあれば顔も利き、調査任務への手際も良い中也に、
隠密裏にかつ早急に調べ上げろと命じられたのでしょうかと、真摯に訊いたところが、

 「いんや。たまたま暇そうにしてたのを見てだそうだ。」
 「…っ☆」

はあ?と双眸をやや見開いた部下へ、
気持ちは判るとちょっと黄昏る、くどいようだが五大幹部の一隅様。

 『今、手が空いてるのって中原くんだけなんだ、済まないね。』

あすこの商店街の炭屋さん、
夏場は業務用専門の氷屋さんに商売替えして、
それは美味しいアイスもなかをお持ち帰り専用で売ってたのに、
今年はお店自体が閉まったままでね。
エリスちゃんからせっつかれていて困っていたのだよ、と。
どこまで本気かそんな風に持ち掛けられて、
確かに直前の仕事はきっちり終えていて手すきの身ではあったので、
御意と引き受けた中也だったらしいのだが、

 「もしかして中也さんて“社畜”ですか?」
 「そんな言葉だけは覚えるのな、敦。」

太宰さんから聞いてたもんで、何教えてんだあの青鯖と、
中也がついついこめかみに血管を浮かすよなお約束のやり取りがあってから、

 「…あの駄菓子屋はな、昔 通ってた店でもあんだよ。」

頭からひょいと取った帽子の下、
指を立てて赤毛をわさわさとかき回すように掻く彼の声が消えぬ間に、

 「そうだったねぇ。
  訓練をさぼっちゃあ此処までのしてたもんだよ。」

そんな合いの手が思わぬ背後からこちらへと抛られる。
え?と驚いたのは、さすがにそれなりの注意は周囲へ張っていた芥川で、
だが相手を見やると少しこわばらせた肩をしおしおと萎えさせたのも道理で、

 「太宰さん?」

非番だった自分たちはともかく、
中也のみならず彼までもが顔を揃えているのは何でだろかと。
この奇遇へおややと目を見張った敦くんだったのでありました。




 to be continued. (17.07.29.〜)





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 *駄菓子屋さんのおかみが途中でハッとしたのは
  中也さんの幼少期を覚えていたからかもしれません。
  そんなエピまで先で書けるか、忘れそうなので此処に。(おいおい)